「極端な完璧主義」を克服した元不登校の私が、今抱えている課題について

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こんにちは!不登校は一応乗り越えた、もふみやです。

 

不登校になりやすいタイプの子どもの特徴を見てみると、「完璧主義」「0か100かの極端な思考」というのがあります。(英語では black and white thoughts というんだとか。)

 

私もかつてはこのタイプでした。今でも少しそういうところが残っていますが、以前ほどではありません。

 

この記事では、私の「不登校と完璧主義について」「完璧主義を乗り越えた先にあった問題」についてお話していこうと思います。

 

不登校と完璧主義について

 

不登校になったっばかりの頃、私は「何でも1番にならなきゃダメなんだ」「1番以外に価値はないんだ」と思っていました。だから常に苦しい思いをしていました。テストで学年1位を取れるわけでもなく、部活の大会で優勝できるわけでもなく、私はなんでもそこそこできる程度の学生だったからです。

 

私は普通の学生だったんです。でも普通でいることに耐えられなかったんだと思います。優秀でなくちゃ、勉強でも部活でも1番を取らなきゃと思っていました。それ以外に価値はないんだと。

 

高みを目指すのはいいことです。でも1番以外に価値はないという極端な思考は、自分の心をひどく苦しめます。よくないことです。1番以外に価値がないなんてことは絶対にありえません。そうだとしたら世の中の人の大半は価値のない人になってしまいますよね。

 

この少し論理的に考えればわかるようなことに、当時の私は気が付きませんでした。自分のことしか見えていないという感じです。

 

あの頃と比較すると精神的に少し大人になり、極端な思考をすることはなくなりました。完璧を目指して物事を進めることはありますが、「その時の私にできる精一杯を」という気持ちで取り組むので、不登校以前のような苦しみを味わうことはなくなりました。

 

完璧主義を乗り越えた先にあったもの

 

ただ「その時の私にできる精一杯」というのが、最近の私にとって大きな問題なのです。

 

不登校になる前、私は「嫌なこと」「やりたくないこと」をやらなくてはいけない状況にありました。というのも、私は小学生の頃、いろんな習い事をしていたからです。ピアノ・公文・水泳・塾など、やりたくないことをずっとやってきました。

 

その反動か、不登校になってからの私は、やりたいこと以外のことが全くできなくなってしまったんです。私がやりたいことと言えば、漫画を読むか、アニメを見るかです。

 

だから今の「私にできる精一杯」というのは、本当に微々たるものということです。

 

私は不登校になってからずっと、もっと勉強ができるようになりたいと思ってきました。大学に入学してから、その気持ちは一層ふくらみました。私が通っていた大学には毎日8時間以上勉強する学生たちがたくさんいたのです。私も彼らのように勉強できるようになりたいと思うのは、ごく自然なことでした。

 

でも現実は厳しく、私には課題をやるだけで精一杯でした。

 

時間がないわけじゃありません。課題の量は決して多くはないので、時間はたっぷりあります。でも最低限のことをやったら、あとは漫画を読むか、アニメを見るかになってしまうのです。

 

不登校だった私が、必要最低限の課題をできるようになったのは、本当に喜ぶべきことです。実際、大学に入学してから2年間は、それだけで自分を褒めてあげられていました。でも大学3年生になると、最低限のことしかできない自分にどんどん嫌気がさすようになっていきました。私は結局卒業するまでずっと「もっと勉強していい成績をとりたいのに」「周りの子たちは目標に向かって毎日何時間も勉強しているのに」と、何度も落ち込んで鬱々とした気分を味わっていました。

 

日本の大学を卒業し、オーストラリアの大学で勉強をしている今でも、必要最低限以上の勉強をすることは、私にはほとんど不可能です。

 

でも今、私はオーストラリアの看護師資格を得るために、英語の試験勉強をしなくてはいけません。でもやりたくなくて、これが全然できない。キャリアのことを考えれば、早く看護関係のアルバイトを探すべきなのに、全然動けない。これでは将来働けるかもわかりません。

 

だから私は今「嫌なことでも、やるべきことはやる」という挑戦をしています。正直、全然上手くいきません。

 

大学でいい成績を取るために、課題を後回しにしないという挑戦。

英語のテスト勉強をするという挑戦。

キャリア相談・アルバイト相談に行くという挑戦。

 

言葉にしてしまうと「なんだ、そんなこと!さっさとやればいいじゃん!」という内容のものしかありませんが、私にはそれが大変なんです。そんなふうに言われてできるものなら、とっくの昔にやってます!できないからこその挑戦なんです!

 

もはやこの挑戦は、不登校とは関係ないかもしれません。不登校じゃなくても、私と同じ悩みを持つ人はいると思います。私はそういう人たちとこの気持ちを共有しながら、一歩ずつ一歩ずつ前に進んでいきたいと思います。

 

まとめ

 

これから先、どのくらい時間をかければ、私は満足のいく勉強ができるのか、さっぱり見当もつきません。でも最近、ようやく「嫌でもやる」感覚が掴めてきたような気がします。

 

もしかしたら、またすぐにその感覚がわからなくなって「できないことはできない!」と、人知れず鬱々とすることもあるかもしれません。でも諦めずに、ちょっとずつちょっとずつ、前に進んでいけたらなと思っています。

 

不登校のことも諦めずにいたから、今こうしてオーストラリアで大学生をやっていられるので、私は「何があっても諦めないこと」に関しては自画自賛することにしています。不登校を克服した人・不登校真っ最中の人はみんな、諦めないことに関して自画自賛していいと思います。みんな何とかしたいと思って、ずっと何年ももがいているんですから。諦めが早かったら、何とも思わずに親のすねをかじっていると思います。

 

それから長期の不登校の経験がある人は、カメよりどころかナマケモノよりも遅い歩みを気長に待つことに関しても、もはやプロだと思うので、私も時間をかけて挑戦していきたいと思います。

 

たった1日で、たった1週間で、たった1ヶ月で、自分が劇的に変わることなんてそうそうありません。人生80年です。年単位でゆっくり取り組みましょう。それでは!